販売戦略の違い
今日はGW(注1)の初日で、天気がよい日なのに仕事があるので仕事場に来ている。とはいえ、日本は休み、だから電話もかかってこない。そこで、実験をしながら、これを書いている。
私は、写真を撮るのが好きなので、よくデジタルカメラを持って出かけるが、最近、町を散歩しながら写真を撮っている人のなかに、デジタル一眼レフ(注2)を持っている人をたくさん見かける。
昨年秋に発売された、キャノンのEOSKISSデジタルはその価格の安さと(とは言っても、とても高い)と性能によって爆発的に売れたが、対するニコン(旧日本光学)も、半年遅れの3月になってD70という同じ価格帯の新製品を発売した。
さすがに、キャノンのkiss digitalに対して半年遅れただけのことはあり、カメラ雑誌やパソコン誌では、この二種のカメラを比較する記事がたびたび載り、ニコンD70のカメラの機構としての性能が、キャノンEOSKISSDより優れていることが証明されつつあり、各誌ではニコンの技術陣が自信まんまんに開発の経緯などを語っていた。確かに、後発の利、というものもあり、私のような素人から見ても、スペック表を比べればその性能に差があるのはよくわかる。おまけに、レンズキットに同梱されているズームレンズも、ずいぶん評判がよかった。これで、半年間王座を維持してきたkiss digitalも次機種に道を譲るのか、と、デジタル時代の商品生命の短さに、ちょっとしみじみしていた。
ところが、ちょっと状況は違っているようである。
ニコンのD70は確かに、いろいろと性能は優れているのだが、それが幸いしてか、災いしてか、生産が追いつかなようで、どこに行っても在庫が無い。カメラをよく知っている人たちは、事前から雑誌を読んで、待ちかねて買うので、ちゃんと手に入れることができたのだろうけれど、あまりに性能がもてはやされて、カメラ好きみんなが買ってしまったばかりに、今、入学式や、運動会や、遠足や、お花見などのいろいろな行事、そしてGWが迫ってきて、出かける前に、「さて、うわさのデジタル一眼レフでも買ってみようか。」と、考える“普通の”人の前には、D-70の品物が無くなっているという状態である。
これに対して、キャノンは、kiss digitalの色を変えただけ、のものを発売した。まあ、カメラ好きの中には、黒いカメラが好きな人がいるからその需要を当て込んでもいたのだろう。
大事なところは、黒にしても白にしても、キャノンは、サイトにも店頭にも、この時期に“ちゃんと店頭に品物がある。”ということである。D-70のうわさを聞いて、D-70を買いに店に行った人は、D-70がとても人気商品なので、納期をだいぶ待たなければならない、ということを知る。カメラ好きの人なら、考えて考えた末に、D-70に決めたのだから、「どこかに在庫は無いか、」と探し始めるだろうが、「デジタル一眼レフを使ってみようか、」と、思って店に行ったり、ネットショップを覗いたりする人は、とりあえずどちらでもいい、と考えている。
多少は探してみるだろうが、どこへ行っても「在庫ありません。」で、いらいらしてくる、「せっかく買おうと思ったのに、」という失望、GWは迫ってくる、行事は迫ってくる、また、よく見ると、カメラの性能はD-70のほうが上でも、画像の色はJPEGベースではキャノンのほうがよい、などという記事を見つけ、また、シルバーでは安っぽいと批判された、kiss digitalも、ブラックが出て、まあまあかな、と思う。そこへ、店の店員は、「キャノンでもニコンでも、同じAPSサイズの素子だから、画像は変わりませんよ。CMOSのほうが、ノイズは少ないし(注3)。それに、オートフォーカスのスピードはやっぱりキャノンの方が速いですよ(注4)。」などと言われると、まあ、いいかもね、とkiss digitalを買うことになる。
実際に使ってみれば、一般の家族写真や旅行写真を撮るときには、カメラ雑誌に出ている性能差などを感じる機会はほとんどないし、どちらも素子は大きいから、コンパクトデジカメに比べれば、ずっときれいな写真を撮ることができるから、まずは満足して、さて、望遠レンズでも買おうか、という次のステップに進む。
私の周りでも、「店をいくつか回ったけど、D-70は無かったので、結局キャノンにした。安かったし、きれいだし、よかったよ。」という話を、いくつも聞く。GW前に、春の行事の前に、と、購買意欲が高まるときに、店頭在庫が無くなってしまったのは、やはり戦略的な間違いだったと思う。年末から、雑誌などでもてはやされ、「やはりニコンは性能が違う」という、雑誌の評価記事や、ネット上の“カメラおたく”たちの賞賛に、気を許してしまったのだろうか。カメラを買うのはおたくだけではない、ということをよく考えるべきだったと思う。
引き続いて夏のボーナス商戦があるが、キャノンはもちろん新製品を出すだろうし、ニコンも出すだろう。ただ、本来ならD-70を買うはずだったが、結局kiss digitalを買った顧客は、次のボーナスでは、“キャノン”のレンズを買うだろうし、キャノンのレンズを買った顧客は、次のカメラ(もし買うなら)もキャノンを買うことになる。
今回のキャノンとニコンの普及版デジタル一眼レフの販売競争は、1.性能がよいだけではだめ。2.先行対抗機種が市場に出ている場合は、絶対に店頭品切れさせてはいけない。3.特殊な評価層は声は大きいが、一人で5台も6台も同じものを買うわけではない。
等等、いろいろと、自分の仕事を考える上でも、勉強になりました。
もっとも、ニコンは、わかる人に買ってもらえばそれでいい、と思っているのかもしれません。それでこそ、我喜歓的日本光学 ^_^
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注1 GWゴールデンウィーク:4月の29日のみどりの日から始まる飛び石連休を、日本ではそう言う。通常、飛び石を休暇を取って埋め、10日くらいの長い休みを取って、海外旅行に出かけたりする。
注2 Digital Single reflex camera のこと。長らく50~100万円以上し、市井の人とは別世界の商品だったが、昨年のキャノンEOSKISSデジタル(台湾ではEOS300D)の発売以来、10万円代時代に入り、庶民にも手が届くものとなった。コンパクトデジタルカメラに比べると、撮像素子のサイズが大きいので、ずっときれいな写真が撮れます。が、カメラはかなり大きいので、「小さくて持ち歩きもらくらく、どこへでも持っていって、何でも撮れる。」というデジタルカメラ本来の楽しみかたができない、と、作者は思います。
注3 D-70は映像素子がCCDだがkiss digitalはCMOSである。CMOSのほうが、構造上長時間露光時のノイズは少ない。詳しい理屈は、長くなるので、誰かに聞いてください。
注4 銀塩カメラのときは、キャノンは超音波モータを使っているレンズが多いので、一般にキャノンのほうがオートフォーカスが早い、と言っていた。現実はあまり変わらないような気がする。確かに静かだけど。
Eos kiss digital
http://cweb.canon.jp/camera/eosd/kissd/index.htmlNikon D70
http://www.nikon-image.com/jpn/products/camera/digital/slr/d70/index.htm