村上春樹投書朝日新聞(9月28日登出),談及釣魚臺事件
中譯引自 ETtoday論壇新聞 | ETtoday 新聞雲
http://www.ettoday.net/news/20120928/108483.htm#ixzz27l1gkGlv
原作/村上春樹
譯者/老侯(碩畢,在日本謀生的台灣上班族。)
圍繞著尖閣諸島(譯註:日本對「釣魚台群島」的稱謂)的紛爭白熱化的當口,聽說日本作家的書籍從中國書店消失,作為一個日本作家,心中感覺到不小的震驚。這是政府主導下有組織的排斥行為?還是書店自行的決定?詳情不得而知。此刻我暫且不就其是非曲折評論。
這二十年來,在東亞所達成最令人喜悅的事情之一,就是在此的固有「文化圈」逐漸形成。會造成這一狀況的主要原因之一,大概就是中國、韓國、台灣的經濟成長。正因為各國的經濟體系逐步強化,文化才能進行等價交換,很多的文化成果(智慧財產)得以跨越國界彼此往來。一旦有了共同的規則,過去在這個區域猖獗的盜版問題也漸次消失(或該說逐步減少),對於著作人的預付款和版稅也都能正常支付。
以我自身經驗而言,「能做到這一步實在是不簡單」。只因之前的狀況實在惡劣已極。我不再列舉實例(免得在此節骨眼徒增紛擾),但最近的環境確實有了顯著的改善,這一「東亞文化圈」已逐步成為豐富、安定的市場,且逐漸成熟。縱使仍留著幾個個別的問題,在這個市場範圍內,音樂、文學、電影、電視節目,基本上已經能自由地等價交換,取悅多數人的耳目。這不得不說是非常直得稱許的成果。
比方說,韓國的電視劇爆發人氣以來,日本人比起以前對於韓國文化更加抱有親切感,學習韓語的人也為此激增。相對的,比方說,我在美國的大學時,不少韓國、中國留學生到我的辦公室拜訪。他們愛讀我的書,熱愛的程度令人驚訝,我們之間有著很多共通的話題。
能出現這樣一個良好的狀況,是多少人花費多少心血努力而來的。我作為當事人之一,力量雖然綿薄,但也盡力促成,我們可以這樣期待:安定的交流若能持續下去,我們和東亞鄰國間所存在的種種懸案,縱使仍要花上時間,但也畢竟是朝著解決的方向進行著。文化交流的一個重要目的,能讓我們認識到「我們是語言不同,但情感與共的人類」。這就是所謂跨越國界靈魂交流的道理。
這次的尖閣諸島問題,或者竹島問題(譯註:日韓間的領土紛爭),破壞了我們好不容易達成的成果,作為一個亞洲作家,一個日本人,我深感恐懼。
只要國界存在,令人惋惜的(該這麼說吧),領土問題就成為無從逃避的課題。但這應該是實務上能解決的事情,或者說,它就應該限定在實務的層次上解決。領土問題超出了實務課題範圍,踏入了「國民感情」的領域,就見不到出口,就會帶來危險的狀況。這就像劣質酒類所造成的宿醉。劣酒只需幾杯就能讓人醉倒、腦子充血。人們的聲音變得高亢、行動變得粗暴。理論變得單純、思維成了繞不出去的圈。但熱鬧騷動之後,一旦清晨從宿醉中醒來,剩下的只是惱人的頭痛。
我們應當小心舞著劣酒暢飲煽動的這類政客名嘴。1930年代希特勒得以穩固政權,就是因為一貫主張恢復一戰時失去的領土,作為其政策基幹。其最終造成的結果,已為眾人所周知。在這次的尖閣諸島問題上,會把事情推升到如此嚴峻狀況的原因何在,我想,兩方在日後冷靜下來時,應該要檢驗一番。政客名嘴只需巧言令色就能煽風點火,但實際受傷的,是在第一線搖旗吶喊的每一個個體。
我在《發條鳥年代記》這部小說裡,提過了1939年滿洲國和蒙古之間發生的「諾門罕戰役」。這是國界紛爭帶來的短暫但熾烈的戰爭。日本軍和蒙古(即蘇聯)軍之間爆發激烈戰鬥,雙方士兵死亡人數到達2萬人。我寫完了小說之後,造訪事件當地,我站在彈匣等遺留物至今仍散落的蒼茫荒野上,強烈的無力感襲來,我思考著:「為何為了一片草木不生的不毛之地,人們要彼此殺戮爭奪呢」。
我在文章開頭處說過了,對於中國書店把日本作家著作下架,我沒有闡述意見的立場。這完全是中國國內的事情。作為一個著作者,儘管深覺遺憾,但也莫可奈何。在此,我所能說的是:對於中國這樣的舉措,請不要採取報復行為。一旦採取了報復行為,就成了我們自己的問題,最終會反彈傷到我們自身。反過來,如果我們抱持著「不論發生什麼事情,我們對於他國文化始終不失敬意」這樣的冷靜態度,這就是我們的一大成就。這就能讓我們站在痛飲劣酒的相反位置。
劣酒宿醉終會醒,但靈魂交流之道,不可一日阻礙。多少人花費多少心血,搭起了這個靈魂交流之道。這是一條無論如何都該維持暢通的重要道路。
村上原文:
尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。
僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。